2005年08月08日
一客入魂

複数の引っ越し業者さんを呼び寄せて、見積もりを依頼する日。結果から言うと、やはり話題の「プロレス運輸」が、ダントツに盛り上がった。
まず見積もり担当者が、入ってくるなり「これサービスです。試合会場でしか売ってないんですよ!」とくれた缶ドリンクが『闘魂緑茶』ってとこからして、普通じゃない。
担当者は部屋の様子を「ふんふん」と眺め、「ここからここまでを20箱に収められたら勝ちですね!」って、勝ち負けか? 引っ越しって… 「大丈夫です。お部屋が狭いからずいぶん荷物が多いように見えますけど、体育館に並べたらこんなのほんの少しですから」って、なんで体育館に並べなきゃならないのか。っていうか広さを表現するのに「体育館」って、あまり日常生活で使わないんだけど。
「とにかく、うちの引っ越しはハンパじゃないですから」え?ハンパじゃない、とおっしゃいますと…?「正直、わかんないんですよねー」わ、わかんないとおっしゃいますと…?「よく、すごく速いって言われるんですけど。その速いって言われるのが、社内ではトロいって言われてる人間だったりしますんで。私どもも、よくわからない」いや、わからないって言われても。「なにしろ引っ越しは大変です。下手すると離婚までいきますよ、皆さん」り、離婚ですか?「ええ。引越当日に私どもが玄関入りますと、ものすごいピリピリした表情なんですよね、皆さん。場合によっては荷造り、終わってなかったりして。ご夫婦が険悪になってて、あの人の荷物と一緒にしないでください!なんて奥さんに言われたりしてね。こっちもそんな喧嘩に巻き込まれたくないスから。うつむいて黙々と作業するしかないですよ。だから速いんですかね?」知らないよそんなこと。
とにかく、「引っ越しはプロレスだ!」のコピーに恥じることない、熱気あふれる営業トーク。さらに「ネット割引に加えて、お子さんいらっしゃるってことで、赤ちゃん割引もなんとかしましょう」「エアコンの脱着も割引で」とバンバン値引きしてくれる。最後に総額を指差して妻がおそるおそる「この半端分4千円も、なんとかなりませんか…」とふっかけてみると「うーーーーん」と苦渋の表情で色々試算したあげく「わかりました!ここは私の名前で。割引しちゃいましょう!」とどこまでもノリが良い。
その営業の熱さ、明るさにすっかり楽しくなってしまい、「即決します」と返事したところ、「それじゃですね」と何やらカタログを取り出してきた。「ロゴ入りの真っ赤なTシャツ、キャップ、それにプロレス運輸トラックのミニカーがありますが」えーと、じゃTシャツを…いやミニカーってのも記念になるかな。「いえいえ、これ全部ですよ。全部さしあげますから」あ、キャップはいらない…かな…「いやーちょっと前までは、試合のリングサイド・チケットもさしあげてたんですけどね。ほら橋本さんが」あ、こないだ亡くなった…。「ええ、ええ。あの件以来、チケットもプレミアついちゃって。さすがにさしあげる事ができなくなっちゃったんですよ」いや、まあ試合はその、とかこちらが口の中でモゴモゴ言ってる間に「ちょっと待っててください!」と玄関を出て行ったと思ったら「荷造り用に、どうぞ!」と段ボール40個も運んできてくれた。「プロレス運輸」とでっかいロゴ、そして「パワーエクスプレス!」とキャッチフレーズが入ってる(いくつキャッチフレーズがあるんだろう?)
「あ、荷造りテープも、もう1個いっときますか?」ええ、まあ…いただけるなら…「わかりました。ちょっと待っててください」って、額にものすごい大汗かいて息を切らしながら駆け出していったところをみると、4階の我が家から一気に階段駆け下りてまた登ってきたものと思われる。エレベータがあるのにもかかわらず。見積もりもプロレス…か!
担当者が帰った後も「すごいよねプロレス運輸!」「うーんやっぱり大事なのはノリだよね。人柄だよね」と夫婦二人でげらげら笑ってしまった。めんどくさいなあどうしようかなあと鬱々していた引っ越しが、今日の見積もりだけでやたら楽しくなってしまったのだから、これは良い買い物だったかもしれない。
ま、引っ越し自体が上手くいくかどうかは、また別の話なんだろうけど…。
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*このコラムは、執筆=ヲノサトル、絵=坂東慶一で進行しております。
2005年08月01日
小人力

子どもは面白い。
壁の一点をじーっと見つめているので、何かと思うとそこにちょっと目立つシミがあったりする。ギターケースの錠前金具に異様に執心し、ずーっとカチャカチャいじっている。抱き上げてる当方の、短パンの腰ヒモを引っ張り出し、その先端をいつまでもくわえたりしゃぶったりしている。
といった具合に、我々にとって「存在しない」ものや、存在はするが何かの「機能」にすぎないものが、機能も記号もお約束も関係ない単なる「モノ」として彼の世界には立ち現われ、興味をひくようだ。彼の目線を追っていると、こちらも彼の「驚き」を共有することができる。たとえば、ただ単に蓋の開閉に必要な道具だと思っていたジョイント金具が、堅牢優雅で精密な動きを繰り返す小さなオブジェに見えてきたりする。
そんな時、たとえば芸術家とは要するにそのような人間なのではないかと思ったりする。我々が、あれはこういう意味だ、ああなってるからこうなってる、とわかったつもりになっている世界の仕組みについてのもっともらしい「理解」をいったんおいておいて、世界をあるがままに「見る」こと。「ひまわりは黄色」とか「空は青」といった常識の目でではなく、じぶんの目でひまわりや空を「発見」すること。
しかし、もし我々が子どもの真似をして、自分を取り囲む全ての事物を「あるがままに」見つめ続けたならば、その一つ一つの情報量に感覚器は圧倒され、まっすぐ歩くことすらできないだろう。「正常」な大人が、社会である程度効率よく生活を営んでいくためには、毎日いちいちひまわりや空の色に驚いているわけにはいかない。感覚に入力される情報を「記号」として割り切り、「意味」づけによって省略し、大雑把に処理することで、なんとかこの世界に立ち向かっているにすぎない。
そのようにして、日常をこなすために無理やり「とりあえず」の枠組みにつめこんだ、そうした「大雑把に処理された世界」像は、あくまで「とりあえず」であるから、常に破綻の危険をはらんでいる。いや、破綻させたくて皆うずうずしているのではないか。
会社帰りに居酒屋で一杯ひっかけるのも、パチンコで大金をスるのも、恋愛にハマるのも、スポーツでスカッとするのも、韓流ドラマに熱中するのも、ハンドルネームでチャットしまくるのも、電車の中でi-pod聴くのも、レッサーパンダ見たがるのも、ドラッグをキメるのも、ムシャクシャして人様の家に火をつけたりするのも、そんな「日常の中のプチ破綻願望」の様々なバリエーションにすぎないのではないか。うまく日常生活をこなしているように見えるけれど実のところ、この社会の誰もが「王様の耳はロバの耳!」と叫びたい気持ちでいっぱいなのではないか。そして、アーティストってのは、人々のそういった集合無意識をひょいとすくいあげて皆の代わりに叫んでしまうトリックスター、「王様は裸だ!」と無邪気に叫んだあの子どもなのではないか。
たとえば何年か前、初めて茶室体験をした時にも、そんな事を考えた。(ま、シャレというか、大人の遊びとして疑似体験しただけなんですが) その時に「亭主」として茶会を催してくれた友人はこんな話をしてくれた。
茶というのは、要するにただ「茶を飲む」ということにつきるんだな。
ふだんの我々って、抜きがたく煩悩にとらわれているわけよ。目の前の仕事に集中しているようでも、案外いろんな雑事を考えながらやっているにすぎないって事が多いよね。お茶一杯だって、本当に「飲む事」そのものに集中するってのは、これはかなり難しいことですよ。味や香りをじっくり「聴きながら」、その時間だけは他のこと一切忘れて、ただ美味しく「茶を飲む」。
茶道にこれだけいろんな段取りやお約束や「型」が決まっているのは、要するに厳格なセッティングで「外側」から縛ることで、精神の「内側」に余計なことを考えさせない仕組みだと、僕は思いますね。茶道が、戦国時代の武将によって発展させられたというのも、そこに鍵がある。血なまぐさい日常の現実から、一瞬ではあれ完璧に脱出することができる「命の洗濯の場」として、茶室はどうしても必要だったんじゃないかな…
ふと見ると、子どもは一所懸命、ティッシュペーパーを箱から大量にむしり出し続けている。こらこらこら止めなさいって! とあわてて止めながら、しかし頭の片隅では、ティッシュ全部、箱からスパッ!スパッ!スパッ!と取り出して部屋中にバラまいたら気持ちいいだろうな……なんて考えてしまう。いや、なんなら一箱と言わず何百箱ものティッシュを。一斉に空中にばらまくか!路上に!大空に!ビルの上から!飛行機から!いいじゃんいいじゃん面白いじゃん、やったれやってまえ……
というわけで、子どもと遊んでいる時の僕はついつい、ニコニコしてしまうのである。
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*このコラムは、執筆=ヲノサトル、絵=坂東慶一で進行しております。