2005年07月26日
新しい夏

ホテルを11時にチェックアウトする。既に日差しが強い。舗道を歩くだけで、背中に汗が滲んできた。思わずクーラーの効いた書店に飛び込む。新刊本など眺め、時間をつぶし、気づくと11時半を少し回っている。あわてて新梅田食道街へ。「松葉」の暖簾をくぐる。
開店からたかだか2、3分の間に、常連とおぼしきオヤジたちでカウンターは埋め尽くされている。そこに「すんません」とつぶやきながら、肩を半身に押し込んで場所を取る。ほとんどが一人客。話し声もなく、店内に流れるラジオの競馬ニュースが独特の雰囲気を醸し出す。初めてこの店を訪れた10年前と何ひとつ変わらない。そこが、いい。
店員が顔をこちらに向け「飲み物なんにします?」と聞くか聞かないかのタイミングで「瓶ビール。あと、豆腐」と答える。間髪入れずに中瓶が目の前にトンと置かれる。それを手酌でコップにトトトと注ぎ、喉に直角にクーッと流し込む。「プハァーーッ!」酒は酔うだけのためにあるのではない。キンキンに冷えたビールでキリッと目を醒ます、こんな朝も(昼近いけど)オツなものだ。目の前に大盛りされたキャベツを1枚抜いてかじりながら、さて何から行こう… と考えるこの時間がたまらない。 目の前に「はい、トーフ」と、冷や奴が置かれた。
そういえば、この前来た時は湯豆腐だった。ここの湯豆腐ってのが、絶妙にシコシコした固さなんだ。しかし真っ黒な汁にドップと浸かった絵ヅラには、最初「これはちょっと醤油かけすぎなんじゃないの?」と不安になるが、ナニ濃いのは色だけ。さすがは大阪。絶妙のダシ味で薄ら甘じょっぱいこのタレが、豆腐にぴったりなのだ。いや豆腐をスポンジ代わりに、このタレを味わうのがメインと言っても良い。ネギ、ショウガ、唐辛子をたっぷりかけてこいつをパクつくと体が芯からあったまる。というわけで冬場この店に来る客のほとんどは、カウンターにつくなり何らかの酒に加えて、この「トーフ」を注文する。
しかし、冷や奴には残念ながらそれほどのありがたみがない。ツルッと冷たい感触は、確かに熱い食い物の合間に口中をさっぱりさせる箸休めとして、もちろん悪くはないのだが。寒い戸外から暖房の効いた店内に飛び込む、冷たいビールを流し込む、熱い豆腐を頬張る…という「寒、暖、冷、熱」の往復リズムが作り出す心地よいトランス感覚において、どうしても冬の味覚に軍配は上がらざるをえない。
が、しかし、つまりはまた夏が来たってことなんだよな。…と思い直す。正月やクリスマスではなく、誕生日でもなく、梅雨が明けて夏が来た時に「ああ、1年過ぎたんだな」と思うのが、当方の感覚。
そういえば高校生の頃、「ネロ」という詩を読んだ。(後で、これは谷川俊太郎氏が18歳の時に書いた処女詩集「20億年の孤独」の中の作品だと知った)死んだ飼い犬を悼むこの詩の中の
ネロ
もうじきまた夏がやってくる
しかしそれはお前のいた夏ではない
また別の夏
全く別の夏なのだ
というフレーズが好きだった。
そうなんだ。詩人にやってくる夏はネロのいた夏ではないだろうし、僕にやってくる夏は「去年の僕」がいた夏ではない。これからやってくる今年の夏ももう2度とは訪れないんだよなぁという淋しさが、さあ新しい季節がやって来たぞとワクワクする高揚感の中に、最初から織り込まれている感覚。それは、キャッホー海だぜ!と海水浴に繰り出すそのとき既に、夏の終わりの寂れた海の家の絵ヅラが透けて見えているような、明るさと切なさの同居。しっとり落ち着いた秋も、寒く冷たい冬も、全てが溌剌と動き出す春の陽気も与えてくれないそんな陰影が、夏という季節にはある。
新しい夏がやってくる
そして新しいいろいろのことを僕は知ってゆく
美しいこと みにくいこと 僕を元気づけてくれるようなこと
僕をかなしくするようなこと
そして僕は質問する
いったい何だろう
いったい何故だろう
いったいどうするべきなのだろうと
いったい何故だろう、いったいどうするべきなのだろうと冷や奴に向かってブツブツつぶやいていると「はいウィンナ−、イカ、レンコン」目の前のトレイに串がテンポ良く並べられた。そうだここは串カツ屋だった。
我にかえって一串とり、カウンターのソース缶にドブンと浸けてかじりつく。「…あふ、あふふふ」生半可な熱さではない。さっそく上顎をヤケドしたようだ。あわててビールで口の中を洗う。はふう。キャベツを1枚、これもソースに浸してポリポリかじる。
このキャベツって奴が良いんだよなあ。次に何を食べようかと考える間、いや「何を食べようか考える間」と「カツを飲み込んだ直後の何も考えてない間」との間の、本当の意味で空白な時間を埋めるのに、これほど最適な食べ物はない。自分のリズムをとりかえす時間。投手にとってのロージンバッグのような。違うか。
キャベツには別の使い方もある。串カツ屋では「2度ヅケ厳禁」すなわち1回ソースにつけた串をもう1度ソースにつけるのは御法度、というのがセオリーなのだが、そうは言っても「しまった、つけ足りない!」という時はある。そんな非常時には、キャベツですくったソースをカツにチョピッとかければ良い。吸水性の良い青菜ッ葉じゃ、こうはいかない。表面ツルッとして水分をはじく、ざく切りキャベツならではの使い方だ。キャベツが千切りであってはいけない理由も、ここにある。(と勝手に憶測する)
ほのかな甘み。カリッとした歯ごたえ。カツの衣が口から奪う水分を補う意味でも、タンパク質と油脂を中心とする串カツのやや偏った栄養バランスに対してビタミンと繊維を補給する意味でも、串カツの相方はキャベツ以外ありえない。適材適所とはこのことだろう。
と、キャベツに向かってブツブツブツブツつぶやいていると揚げたての串が来た。「はい玉ネギ、うずら、茄子」はいはい食べますよ。食べなきゃ。いや義務じゃないんだけどさ。なにせ熱いとこ、いっとかなくちゃ。はふはふはふ。熱ツツツ。ビールビール。ごくごくごく。ふうう。どれ、またキャベツで間をとって、と…。
いや美味いな。これで1本100円ってんだから、ありがたいじゃないの。妻にも食わしてやりてぇなぁ。子どもには、さすがにまだ早いよな。ははは。そりゃそうだ赤ん坊に食えるわけがない。って、ちょっと酔ったかな。昼酒は効くっていうものな。しかし、食べたらすぐ新幹線、乗って帰らなきゃな。帰ったらいろいろやる事あるからな。でもあと一串ぐらいの時間は大丈夫だよな。けっこう仕事たまってるんだよな。あれ、ちょっと酔ったかな。「あ、お兄さん、こっちにウィンナーもう1個ちょうだい! 」
今年も、新しい夏がやってくる。
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*このコラムは、執筆=ヲノサトル、絵=坂東慶一で進行しております。
2005年07月07日
電車男

千葉県警捜査3課と千葉東署は29日、自動車盗を繰り返していたとして住所不定、無職の小川一夫被告(55)=窃盗未遂罪で起訴=を窃盗容疑で追送検した。千葉・神奈川の2県で110件、約3700万円の被害が確認されており余罪を追及している。(中略)小川被告は盗んだ車内の現金などで各駅停車の電車に乗るのが趣味だったという。19歳のころから盗みを繰り返し、仕事をしたことは一度もないといい、調べに対し「仕事をするのが嫌だった。電車に乗って外の景色をながめるのが好きだ」などと供述しているという。(毎日新聞 6月30日)
自動車から盗んだ金で電車に乗り続けるパフォーマンス…。 モータリゼーション社会への警鐘か?(誤読)
しかし「電車に乗って外の景色をながめるのが好きだ」なんちって19歳から36年間、盗みだけしながら電車で旅し続ける人生っていったい…。 凡人には想像もつかない境地ですね。放浪癖にもほどがある。「砂の器」か?
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*このコラムは、執筆=ヲノサトル、絵=坂東慶一で進行しております。
2005年07月05日
アルコールバトン

人様のアイディアを否定するだけで終わりというのは、当方の最も嫌いな似非(エッセ)クリティーク!否定するなら代案を考えるのが大人のスジってもんだろ、俺よ! …と自分を恫喝する意味で、新たにバトンを作ってみようではないか。 ま、当方の考えつくのはこんなもんぐらいか…。
1. 冷蔵庫に入ってるアルコールの量
常備酒として当然入っているべき缶ビールは、ここんとこの熱帯夜続きで枯渇しちまったよ!今あるのは赤ワイン3本。しかしそのうち1本は料理用。1本は妻の所有物。残る我が品は、125mlのよく銘柄もわからないミニボトルだ…。ところで南イタリアでは夏、赤ワインを冷やしてオンザロックで飲むというのは本当ですか?>誰か教えて
2. 今飲んでいるアルコール
今夜は飲んでない。しらふ。最近は2日にいっぺんは飲まない方針なのです!(自慢)
3. 最後に飲んだアルコール
あまりの蒸し暑さにコンビ二まで走って買った季節限定グアバチューハイ(「限定」とか「本日のお勧め」といった惹句に弱いのが飲み師の特徴)。10秒で飲み切ったので味はわからず。たぶん甘い南国の味なのだろう
4. よく飲む、または特別な思い入れのある5種類のアルコール
これは迷うね。種類ごとに整理してみよう。
a) シャンパン
何かと言えば「祝杯だ!」とシャンパンを開けようとして妻に叱られているのは当方です。祝う事がない日でも「シャンパンに乾杯だ!」などと自己言及意味不明な事を口走って乾杯。シャンパンってのは肉、魚、フレンチイタリアン中華に和食、何にでも合うという意味で実はきわめて大衆的だが、製法と値段は貴族的な酒だよね。ちなみに当方の好みはヴーヴ・クリコ。でも注がれりゃ何の銘柄でも美味しくいただく。要するに節操が無い。
b) ビール
何にでも合うという意味ではこっちの方がもちろん超大衆的。シャンパンや日本酒のような「甘み」を排除した上で、喉から内蔵までビリビリさせる炭酸のキレが必要な時は、確実にある。具体的に言えば風呂上がりとかライヴステージを降りた後とか。「とりあえずビールでも…」(相対ビール)の怠惰さの対極にある「ビールしかない!」(絶対ビール)な瞬間の美味さをキープするために日頃はビールを飲まない習慣、つけたいものである。ちなみに当方の好みはサッポロ。でも旅先では当然、そこの地ビール。要するに節操が無い。
c) カクテル
初めて入ったバーでバーテンダーの腕をためすカクテル、皆さんお持ちでしょう?(寿司屋で言えば酢〆モノ?)最もありそうなのはマティー二と思われるが、ジンとベルモットでは要素がミニマルすぎる気がしないでもない。シェイクというバーならではのパフォーマンスが観られないのも残念だし。当方の好みはダイキリ。フルーツの甘味・酸味・アルコールそして氷の配分にセンスがあらわれるという意味では、これ以外にもギムレットやホワイトレディなどの果汁入りショートドリンクスならよかろう。いずれも宵の口の一杯目に飲むのがとりわけ美味しい。だからって「わー、うまいうまい」とカパカパ飲んでしまい、腕をためしていた事じたい忘れてしまいがちなのが当方の弱点ではある。
d) 日本酒
ともあれ和食にはやはり日本酒がいちばん。左党の方は辛口好みが多いとは思いますが、当方はちょいと甘口、いや旨口で、フルーティな香りが漂い、後味爽やかなものが好き。銘柄で言うと「八海山」(人気の高い本醸造ではなく、大吟醸の方)か「出羽桜」。しかし飲んでると口が甘くなってくるのは避けられないので、小瓶のビールなど側に置いておいて時々チェイサーに飲むってのも贅沢。それにしても蕎麦屋、うなぎ屋、寿司屋などトラッドな店に限って、置いてある酒は大手メーカーの三増酒だったりするのはどうしたことでしょうね?そんな疑問を持ちつつも、迷いなくその酒を「熱燗でネ!」なんてすかさず頼む当方は、要するに節操が無い。
e) ウィスキー
最近、ウィスキー飲む人って少ないような気がしませんか? 当方の学生時代はバーボンをロックやソーダで飲むのが流行りだったなー。今日びウィスキー飲むと言えば、アイレイ・モルトをストレートで舐めるとか、丸い大きな氷を1個入れてとか、食事で言えば「美食」の位置づけになっちゃってる気がするけど、当方の好みは古風に「ジョニ黒」=ジョニーウォーカー・ブラックラベル。氷は入れず、水か炭酸水で割るのが好き。シングルモルトの緊張感も良いけど、ブレンデッド・ウィスキーならではのはんなりした味でリラックスってのも捨てがたいものです。さらに言えば、新幹線で飲む「トリス」ポケット瓶の、鼻にツーン喉にカーンとくる感じだってなかなか悪くないもんですよね…って、つまり要するに、アルコールに関しては本当に節操が無いんだな、当方…。 バトンも何も…。
5. バトンを渡す5人
さあこれを読んでいて「ちょっと待った! 俺の好きな酒はなぁ…」と語りたくなったバッカスの氏子さんならどなたでも。受け取って下さい、このバトン。
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*このコラムは、執筆=ヲノサトル、絵=坂東慶一で進行しております。