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2005年05月23日

インテリアと音楽

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旧知の編集者から、インテリアデザイン関連のムックに記事を依頼された。「木目の中に赤の特殊効果が映える重厚美な世界」や「上質なベージュでまとめた心地よいリゾート空間」や「ミッドセンチュリーアイテムで調和させる大人の住景観」といったオシャレな部屋空間に、BGMとしてふさわしいCDをみつくろうという企画。今の時代「部屋にあわせてBGMを流す」という作為的な行為自体、ちょっといかがなものかと思いもするが。


いやあわてて反省すれば、当方もさんざんそういう企画性にこだわってきたクチです。トイレの照明は青、寝室は赤…なんて演出したり。正月だからBGMはやっぱ琴で「春の海」かね、なんて選んだり。「典型」「類型」をあえて演じるのが楽しい時期もあったさ。それだけに今となってはコッ恥ずかしい。バブル期あちこちにあった「不時着した宇宙船を模したクラブ」だの「砂漠のオアシスリゾートに出現したラウンジレストラン」だのといったテーマパーク型・コンセプト先行・空間デザイナープロデュース物件のやり方を、居住空間という日常の中に今さら持ち込むのもなんだかなあ、という照れがある。


しかし、これはあくまで誌上のゲーム。どうせ我が家は、部屋にいるとき音楽を流すとかTVをつけておくといった風習とは無縁だし。あくまで空想の範疇で、「こんな部屋にこんな音、流れてたらどうよ?」と遊ぶのは、それはそれで楽しかろう。


ま、どうせゲームなら、それぞれの部屋が「コンクリート打ちっぱなしの壁にはバドワイザーのネオンライト、天井からはBOSEの小型スピーカを吊り下げた'80sカフェバー部屋」とか「血に染まった壁に防音扉、インテリアに三角木馬と鉄の処女をあしらった拷問部屋」とか「腐った畳に万年床、押し入れにはサルマタケが大量発生した男子学生の下宿」ぐらいキャラが立っていれば、逆に選曲もしやすいのだが。さすがにそこまでイメージプレイに徹した非現実的な部屋というのもなく、今どきの30代一部上場企業企画部広報課勤務独身者が居住してそうな、どれもそこそこフツーにキレイでオシャレなのである。


結局「居住性」「清潔感」「時代の空気」といった最大公約数を前提とすると、意匠はどうあれ結果的には大差ない空間ができてしまうということか。しかし空間の「色」をガラリと変える事ができるのはサウンドの持つ大きな力。同じ服を着ていても香りが白檀とプワゾンでは人格まで違って見えるように、流れるサウンド次第で同じような空間でも雰囲気はガラリと変わるはず。…と信じて、それぞれの部屋に似合った音を「見立て」てみようと思う。〆切は来週。


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*このコラムは、執筆=ヲノサトル、絵=坂東慶一で進行しております。

投稿者 picasonic : 2005年05月23日 22:26

コメント

日本は「見立て」の文化ですね。
シチュエーションにこれだけこだわる民族もないんじゃないでしょうか?しかも善かれ悪しかれ、すべてが表層的。(中には本質を表しているものもありますが)汐留にはイタリアの街があったりするんでしょう?
結局、バブル以降も魂的には引きずっている感があるわけです。ですから、これを文化の域まで引き上げる、いわば「開き直り」がこれからものを言う時期に来ているのかもしれませんね。そういう意味で「音」の役割は極めて重要でしょう。
あとはコスプレとかね(笑)。

投稿者 dae-chang : 2005年05月24日 00:59

インテリアだけじゃなくて食文化なんかもそうだよね。

外食に出ると和食に中華、フレンチ、イタリアン、アラブ料理からロシア料理まで
世界中のレストランがあるってのも、希有な国かもしれない。

そのためかどうか、日本の家庭が所有する食器の数は世界第一位だという統計があります。
確かに「みそ汁とご飯」とか「ラーメンにギョーザ」とか「ステーキとサラダ」とか、食べる料理によって食器も使い分けるもんね。
(一人暮らしの頃は全部、大皿1枚でこなしてたりしたけど…)

シンプル・イズ・ザ・ベスト、とはいかないようにできてるんですなあ、この国は…

投稿者 ヲノサトル : 2005年05月29日 06:24