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2005年02月23日

私の耳は都市の耳

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私の耳は都市の耳、、、
というのは今は亡き如月小春さんの本のタイトル。もう売ってませんが見かけたらぜひご一読を。80年代半ばの東京にタイムスリップできます。(岡崎京子『東京ガールズブラボー』も同じ理由でおすすめ)

NY市の2012年オリンピック誘致CMが面白い。

早朝から夜明けまで、NYの一日を描いた2分間のフィルム。公園で踊るヒップホップくん、サックス吹きの兄ちゃん、シンフォニーオーケストラ、ジャズクラブ、野球場のオルガン、ライヴハウスのパンクバンドまで、それぞれが奏でるメロディを巧妙につなぎ合わせ、一種の音楽空間として都市の風景を追っていくドキュメンタリー風のモノクロ映像だ。やはりモノクロで撮られたウッディ・アレンの「マンハッタン」など、この街を描いた多くの映画を思い出させる、ちょっとノスタルジックでセンチメンタルな作品に仕上がっている。

CM音楽を手がけている身として感心したのは、音楽以外にも汽笛、鐘、ホイッスル、自動車、列車、馬車、シグナル音といった都市のノイズを、さりげなく音程を合わせて音楽の一部に使うテクニック。ギミックとして面白いのではない。ふだんはバラバラな出来事や単なる環境として見過ごされているディティールを、「街」という共同体を構成する一つ一つの大事な要素と捉えている制作者の視点が(それはストリートミュージシャンから交響楽団までNY市民として対等に愛している温かな目線でもある)こうした音の使い方から伝わってくるところが、気に入ったのだ。

理屈による説得ではなく、「ええやろ?この街」と肩に手を置くようなこうしたフィルムが、果たしてオリンピックの誘致広告として有効かどうかは知らないが、観光客へのアピールとして上出来なのではないか。少なくとも僕は、これを観てNYに行ってみたくなった。


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*このコラムは、執筆=ヲノサトル、絵=坂東慶一で進行しております。

投稿者 picasonic : 14:33 | コメント (0)

2005年02月21日

コミュニティを去る

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しばらく参加していた「ミクシィ」を退会してしまった。以下「あれ?ヲノが消えた…」と思っている少数の友人たちへの弁解なので、そもそもミクシィを知らない人、関係のない人は無視してください。

なにしろこのサイトに並ぶ友人知人たちの日記が面白すぎた。毎日ついつい読んでしまい正直、仕事にならない。僕のように他人の私生活に出歯亀的好奇心たっぷりで、そのうえスキあらば現実(…っていうか仕事…)から逃避しようとしてばかりいる心のさもしい人間にとってはもう麻薬そのもの。しかも読んだ痕跡がちゃんと「足跡」として残されるので「あ、ヲノサトルがまたこんな真夜中に俺の日記読んでやがる」などと筆者にあからさまにわかってしまうのも、なんとも恥ずかしい。また、自分も書こうかなと思ってもみたが、しかし別にいいんじゃないのか鎗ヶ崎ジャーナルって手前の媒体があるんだから、と腰が引けてしまった。

そもそも「みんな友人なんです」「人類みな兄弟」「世界は一つ」といった雰囲気でマイミク(相互認証したネット上の『友人』)って奴がずらりと並ぶパーソナル画面が威圧的ではないか。で、すぐにいろんな人からメールが来るわけです。かつて夜の街でよく顔を合わせた知人友人、ライヴのお客さんもいたし「甘い作曲講座」の読者さんもいた、かつての教え子、いまの学生、果ては会った事のない遠くの人まで「マイミク登録しませんか」とお誘いメールが来る。実際、ありがたいことである。しかし、ひとたび×××さんをマイミクにすると、他の人からは「ああ、この×××さんってヲノサトルの知り合いなんだー」と思われるわけで、もしその×××さんからメールが来たら「まあヲノサトルの知り合いなら…」と信用してしまうのではないかと、つまり紹介状を書くようなものではないかと、そう思うと長い間会ってない友人だの、会った事はあるけど詳しく知ってるわけではない人だの、まして全く会った事のない人だの、うかつに紹介してはいけないのではないかと思ってしまうのですね。

かと言って、そんな理由をくどくどと説明して断りの返事を出すのも何だか失礼な気もするし…と悩んでいるうち、返事を出しそびれて結果的にはシカトした形になってしまったり…どうも精神衛生上よろしくない。だいたい人間関係なんて相対的にそれぞれが位置づけるしかないもので、関係の近さ濃さは相手の態度とこちらの気持ちを案配してつきあっていくものなのに、このミクシィイ内では、無二の親友から知らない人までマイミク一つに規定されてしまうのが不自由ではないか。かと言って段階を設ければ良いかと言うと、そうなったら「俺はこの人にとってこのぐらいの位置づけにすぎないのか…」なんてショックを受けたり与えたりしそうでますます精神の荒廃につながりそうでウアーだめだだめだ!…考えすぎでしょうか?

今から10年ほど前、ICC-NETというクローズド・ネットがあった。現在初台にあるインターコミュニケーション・センターが準備室としてネット上に立ち上げた一種の実験的なコミュニティで、NIFTY会議室のようなテキスト主体のBBSが主流だった時代に、FIRST CLASSというビジュアル系アプリケーションを用いていたのがなんとも新鮮だった。そこで展開されたプロジェクトには、たとえば八谷“ポストペット”和彦くんの「メガ日記」がある。現在のウェブ日記/ブログのブームは、この作品が完璧に予告していたように思う(これについてはアーティスト安斎利洋さんが、当時既に予言的な発言をしていた)

最初ミクシィイに参加した時、登録している多くの友人から「これって、なんかICC-NETの時みたいだよね!」という発言を聞いた。僕もそう感じた。しかし実際は大きく違ったのが参加者の数だ。ICCが何百人の会員だったか忘れたが、あれとは規模が違いすぎる。おそらく何十万人が参加しているのではないか。これはもう「コミュニティ」というよちネット上の広大な国家だ。(余談だが、無政府状態できちんと機能しているという意味では、理想的な『国家』かもしれない)しかも2ちゃんねるのような匿名制ではなく、記名によって責任の所在が明らかにされた(必ずしもそうとも限らないのだろうけど)清潔な国家。

10年前の僕だったらそれでもオッケーオッケーみんなマイミクで良いじゃん盛り上がっていこうよ!という感じで人間関係を発展していけたかもしれないが(現にそうしている参加メンバーも多いだろう。いや普通は知らない人とオンラインで友だちの友だちを紹介されたりして知己を結ぶ事こそミクシィイの目的なんだろう)今の僕にはつまり、そういった気力がないということだ。たとえば展覧会のオープニングパーティに行っても談笑する人々や風景の全てがうつろに感じられ自分は何しにここに来ているんだろうとぼんやりしてしまう最近の自分が、またしても場違いなパーティに足を踏み込んで空気を乱してしまったかと後悔しつつ、コミュニティを去る。


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*このコラムは、執筆=ヲノサトル、絵=坂東慶一で進行しております。

投稿者 picasonic : 01:08 | コメント (0)

2005年02月19日

殺戮マニュアル

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ゴキブリが苦手だ。

ま、あまり得意な人もいまいが、目撃した瞬間ズザアアアーーーッ!と反射的に3mは後ろに飛び退いてしまい「ンウアアアアーーッ」と意味不明なうめき声をあげてしまうほど、恐ろしい。なにしろ気持ち悪いのは、触ったら手にニチャと油液でもつきそうにヌメヌメと黒光りする背中の羽(チャバネなら比較的こわくない)だ。頭から伸びた長い触覚がニンニンニン…と意味ありげに揺れていたりするのも不気味だ。細い割に妙にメカニカルな形態と動きをする脚部も嫌だ。意を決してなんとか退治しようと近づく当方の気配を異様な勘の良さで察知し、カサカサカサカサ…とその脚6本を繊毛のように動かして逃げる敏捷さには、恐怖さえおぼえる。噴霧剤を浴びせてもちょっとやそっとじゃ静止せず、グググ、ウグググといつまでたっても全身痙攣しているところなど吐き気がする光景。ゴキブリが苦手なのだ。できれば一生目撃したくない。しかし今夜、子供が泣き出したのでミルクをつくろうと台所の灯りをカチッとつけると、白い壁面のちょうど目の高さに、茶色のそいつらが3匹へばりついていた。

一人暮らしだったら何も見なかった事にしてそーっと灯りを消し、そのままベッドに戻ったかもしれない。しかし今や当方、ゴキブリの苦手な小心者の男である前に、夫として一児の父としていや一家の主としてこれを見過ごすわけには断じていかぬ。身の毛がよだつ思いを抑制して、常備の殺虫剤をソーッと手にとり、「ィヤァアアアーッ!!」と裂帛の気合いをこめてソ奴らに噴霧する。これでもかぁっ!これでもかぁっ!これでもかぁあああっ!!!よし死んだ死んだアハハハ。ハハハハ……フーーーーッ。

大量のアドレナリン放出のせいか、そうだこれは何か根本的に駆除する方法を調べなければ!と狂信的な切迫感を感じたので慌ててデスクに向かいコンピュータを起動。グーグル(原稿だけでなく生活にも役に立つのね)検索してみる。おっ。見つかった。

ゴキブリ駆除教本

なんともプロっぽいサイトである。いや事実、米国のプロが書いた駆除のための教科書、の完全日本語訳ならしい。その記述たるや、まるで軍事マニュアル。敵の生態を知り、種類を見分け、トラップを仕掛けて敵の数や棲息箇所を分析し、毒殺するのみならず、兵糧を断ち、侵入経路を潰し、隠れ家を廃棄し、二度と繁殖しないよう敵の生存の可能性を一つ一つ潰していく。これはまさしく戦争だ。軍事教程で習得するゲリラ殲滅の手順もおそらくこのようなものではないかと思わせる科学的かつ論理的な「追い込み方」は「敵」からすれば脅威そのものだろうが、相手を絶滅させることしか頭にない恐怖に追いつめられた最前線の兵士にとってこれほど心強い助けはなかろう。なんともアメリカ的にプラグマティックな「マニュアル」ではある。

ところで、トップページからしてアニメーションで足をカサカサ動かすリアルなゴキブリの画像が迎えてくれて卒倒しそうになるこの教本(怖いもの見たさで全部読んでしまったけれども、退治のためだろうが何だろうがもう一度みる勇気は僕にはない)文中のトラップ…いやリンクをクリックすると、あの嫌らしい昆虫の様々なナマ写真があなたのデスクトップに展開されるので、ゴキブリは見るのも本当に苦手という方はこのサイト、決して開かないで下さいね。あ、ひょっとしてもう遅すぎました…?


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*このコラムは、執筆=ヲノサトル、絵=坂東慶一で進行しております。

投稿者 picasonic : 20:34 | コメント (0)

2005年02月16日

死語の世界

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田舎の町を歩いていると塀や電信柱に、黒地に黄色の手書きふう文字で「死後、裁きにあう」とか書いた細い看板?金属板?のようなものが貼ってあったものですが、あれは何だったのだろう(僕の故郷だけか?)幼い頃あれを見つけると何とも嫌ぁな気持ちになって小走りでそこを立ち去ったものです。今にして思えば「恐怖新聞」(つのだ☆じろう著。あ、☆はいらないか「つのだ☆ひろ」じゃないんだから)の題字とも似ていたような。

という意味不明のツカミで書き出してみましたが、えーとそういう話じゃなくて。ここんとこ死語ってのが気になっていて、検索サイト「はてな」で調べてみたら……いや、あるわあるわ。この死語の嵐。どうよ?


背広
洋服系はあります色々。「チョッキ」とか「とっくり」とか。「コール天」(コーデュロイの事ですね)ってのもあります。ジーンズの事を「Gパン」って言うのもアンシャン・レジームの特徴。ハンガーの事を「えもんかけ」って言うのは…俺だけか(涙)。


ハウスマヌカン
これまたアパレル系ですね。80年代には男店員の事を「ハウスマヌカン・オム」と呼んだものです(嘘) いとうせいこう「夜霧のハウスマヌカン」という冗談レコードもあったような記憶が。そもそも「カタカナ職業」(これも死語か)って言葉が流行ったきっかけは、アメックス・カードの「職業、エディター。 恋人、妻。 週末、活字を忘れる。…男はこうありたい」とかいうCMだったと思う。 エディター以外にも「空間プロデューサー」だの「フード・コーディネイター」だの「ロード・コンストラクター」だのと何でもカタカナの時代が確かにあった。(一部、嘘)


ナウイ
あーねー。「イマい」というのもありましたね。ふつう「ヤング」の接頭語として使われる。「母」における「たらちねの」みたいなもの。ちがうか。


コギャル
「ギャル」からして厳しい。「ギャル男」「ガングロ」「ゴングロ」「マンバ」……ああ恥ずかしい恥ずかしい。とにかく、ナウいヤングの流行りモノは全て将来の死語化が確約されている。


アウト・オブ・眼中
あーねー。「態度L(エル)」なんてのもあった。こういうちょっとヒネってみました的な物言いの死語率って、そーとー高いのでR。(←昭和軽薄体(死語))


エアチェック
類義語=エアパック(嘘)ヘアチェック(大嘘) 9.11.テロ以降の米国に端を発する空港および航空会社の厳戒態勢のこと。……なんつっても誰も疑いもしないようになるのではないか数年後には。お金のない少年時代、NHK-FM夕方の「軽音楽をあなたに」と夜中の「クロスオーバー・イレブン」でジャズ、フュージョン、ソウルをカセットテープに録音しまくったのが懐かしい。それにしてもバック・トゥ・ザ・フューチャーみたいに過去からタイムスリップしてきた人に「今やラジオは有線だし、電話は無線だよ」(ストリーミング放送と携帯電話の普及。20世紀には予想もつかなかった事でしょうな)なんて言ったら驚愕するでしょうね。ちなみに「はてな」の解説には「TSUTAYA普及により廃止」とある。そうか?そうなのか?


ネンネ
今どき使う奴いるのかーーーー!!!(と机を叩く)使用例「アハハ、マチャコ(本名・雅子)って本当にネンネだよなあ」と人差し指でオデコをはじく青年。


ヤンエグ
あー、あの新しく出た男性コミック誌ね(知ったかぶり)


三高
あー、戦前の旧制高校にそんなのがあったような?(うろおぼえ)


アッシー
芦ノ湖に棲息すると言われる幻の怪獣(そんなわけないだろう)


メッシー
滅私奉公の略(もはや、めちゃくちゃ)


ミツグ君
あー…、ねー………。

ヤンエグも三高も「はてな」によると「バブルと共に弾けた」と定義されている。「バブル」自体、ちょっともはや口に出すのが恥ずかしいんだけど。しかし、レイト90'sには本当にみんながみんな、連日「バブル崩壊が」とか「バブルがハジけて」とか連呼してて、当時から既に気持ち悪かった。

で、「はてな」に従ってこれらの死語を現在の流行語に置き換えるとこうなるらしい。

死語「ハウスマヌカン」→流行語「SHOP店員」

死語「ハンサム」→流行語「イケメン」

死語「ボイン」→流行語「巨乳」

……うーむ、この「流行語」自体、数年後には確実に死語になってると思うのだが。つまり結論は、流行性の高い言葉ほど、鮮度が落ちた時の腐臭たるや凄まじいものがある…という事でしょうか。

ちなみに当方、家ではいつもカメラの事を「写真機」ティッシュの事を「ちり紙」と呼んでは妻の失笑を買っております。 なーんちゃって(死語)


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*このコラムは、執筆=ヲノサトル、絵=坂東慶一で進行しております。

投稿者 picasonic : 22:53 | コメント (1)

2005年02月15日

脳内対談

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東京都豊島区の木造アパート2階で6日夜、大量の雑誌をため込んでいた男性(56)の部屋の床が抜け、男性が1階の部屋に落下、雑誌などの間に埋まり約2時間後に救出された。男性は全身打撲で重傷。1階に住む無職男性(75)は「上の部屋の床が抜けそう」と警視庁目白署に相談に行っていたため無事だった。(共同通信 - 2月7日)


「ちょっと前のニュースだけど、この話、一部でかなり話題になったよね」
「一部って… 本とかレコード大量に持ってる君のような人だけでしょ」
「僕なんぞ全然コレクトしていない方。しかも普段読まない本は勤務先の大学研究室に死蔵してあるし」
「そうなんだ? それでか。本棚の安野モヨコとか完全自殺マニュアルとか『24』ボックスセットとか見て『センセイこんなの持ってるんだー。マジメな本あんまりないねー』って学生が感心してたよ」
「………。」
「しかし学生時代は狭いワンルーム住まいで、大変だったなあ」
「まったく。本とディスクに埋もれて床が見えなかった。都築響一さんの名著『TOKYO STYLE』に出てくるモノで溢れかえった狭い下宿の世界、人ごとじゃなかったもの」
「本も、段ボールにでも詰めて積み上げておけば空間効率が良いんだろうけど」
「でも本ってさ、背表紙が全部見えるように並べておかないと気が済まないんだよね。フッと目にとまったら取り出して読めるように」
「そう言えば『積ん読』なんて言葉があったね」
「死語だね」
「読まないで積み上げておくだけでも勉強になる! なんて真顔で言ってる知識人もいたぐらいで」
「それだけ書物とか、文字媒体ってものが神聖視されていた時代だったってか。しかし、ものすごい精神論だね(笑)気合いが全て、みたいな」
「マティーニのドライ競争にも似た、気合いの美学。」
「ジンとベルモットのカクテル、普通は3対1ぐらいだっけ? 酒飲みの間では、ベルモットの量が少なければ少ないほど偉いというヤツね。『気は心』って意味では確かに『積ん読』に近いかもね」
「ジンにベルモット一滴たらすだけの、超ドライ・マティーニとか?」
「そんなんじゃ甘い甘い。ベルモットでゆすいだグラスでジンを飲むぐらいしないと」
「ジンを飲みながら、ベルモットでうがいした執事に耳元で『ベルモット』と囁かせるとか」
「ジンを積んで運ぶ列車の、ドアの外から霧吹きでベルモットを吹きつけるというのもある」
「馬鹿だね」
「ドライにもほどがある」
「えーと…何の話だっけ?」
「ニュースだよ! しかしこの事件で可笑しいのは(と言っては怪我した住人が可哀想だけど)下階の住人が不安に思って警察まで行ってたっていう部分だね」
「ミシミシミシ…と床、いや下の住人から見たら天井か、天井がだんだん下がってくるところを、背中を丸めてコタツに入りながら不安そうに見上げる75歳(無職)の心中いかばかりか」
「笑ってないで、君も少しは部屋を片付けたら?」
「……話題を変えよう」
「そうしよう」


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*このコラムは、執筆=ヲノサトル、絵=坂東慶一で進行しております。

投稿者 picasonic : 11:39 | コメント (1)